フランチェスコ・アイエツ展(終了)

投稿:2015年12月06日 | 更新:2016年02月22日

ミラノのガレリア・ディタリアで、19世紀のイタリアの画家フランチェスコ・アイエツ(Francesco Hayez)の作品を集めた絵画展が開催されています。イタリア・ロマン主義絵画の巨匠の主要作品をまとめて鑑賞できるまたとない機会。91歳まで生きた彼の人生を、多くの自画像で時系列的に追うこともできる、非常に興味深い内容となっています。

(ここで写真付きで紹介する作品は、すべて今回の絵画展に出品されています)

アイエツとはどんな人?

フランチェスコ・アイエツは1791年ヴェネツィア生まれました。パリでバスティーユが襲撃されたのが2年前の1789年。また、1791年とえいばモーツァルトがなくなった年でもあります。

生家は裕福ではありませんでしたが、ベネツィアの美術学校で学ぶと、すぐに頭角をあらわし、1809年にはコンクールに優勝してローマに「留学」します。ローマでは彫刻家カノーヴァの保護と励ましを受けたようです。1757年生まれのカノーヴァは、当時すでに名を成していました(本絵画展にはカノーヴァの作品も数点展示されています)。

1812年、作品「ラオコーン」でミラノ美術院コンクールに優勝します。

出典:http://www.gallerieditalia.com/hayez/
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その後、ヴェネツィアでドゥカーレ宮殿のフレスコ画(展示あり)を制作するなどした後、1821年、ミラノでの生活をスタートさせます。

1820年には、「ピエトロ・ロッシ」でサロンの支持を得ます。まだ古典主義的な雰囲気が強いままですが、以前ほど劇性を強調せず、等身大の人物を描いています。また、主題と直接関係ない人たちが、まるでスナップ写真のように「写り込んでいる」ところにも変化を感じます。

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出典:http://www.gallerieditalia.com/hayez/

 

自画像とカロリーナ、友人

彼や彼の周辺の人物を描いた絵画も多数出品されています。とくに、親しい関係にあったカロリーナ・ズッキ、友人と一緒の自画像などの青年時代の作品群は興味深く、共感をもって鑑賞を楽しむことができます。

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出典:http://www.stilearte.it/carolina-zucchi/
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出典:http://www.lombardiabeniculturali.it/opere-arte/schede/2o060-00335/
出典:http://www.lombardiabeniculturali.it/

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ロマン主義へ

1823年には「ロミオとジュリエット」を描いたとてもロマンチックな二つの作品(一つは冒頭の絵)が生まれます。下の絵は、「ロミオからジュリエットへの最後のキス」(部分)。アイエツの画家としてのキャリアはこのキスから始まったという人もいます。

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1830年には、名作「二匹の鳩と戯れるヴィーナス」を発表します。

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1841年には文豪マンゾーニを描きます。

出典:http://www.gallerieditalia.com/hayez/
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イル・バーチョ(接吻)

1859年には、傑作「接吻、青春時代のエピソード。14世紀の衣装」が生まれます。

アイエツは、この「接吻」と同じモチーフの作品を、少なくともあと3点制作しました。一つは小さなキャンバス画で、かつての恋人カロリーナ・ズッキの妹にプレゼントされました(本人はすでに亡くなっていました)。もう1点は1861年に制作されました。そして、最後の1点は1667年に制作され、パリの万国博覧会に出品されました。

1859年の最初の「接吻」は、長らくオーストリアに支配されてきたミラノが、フランスとサルデーニャ王国により解放されてから3カ月後の1859年9月9日に発表されました。そうした時代背景から、二人の衣装の色に、政治的な意味を読み取る解釈もあるようです。男は緑色の服、赤色のタイツ(イタリア)、女は青いドレス(フランス)を着ています。

フランスは、イタリア統一戦争でサルデーニャ王国を強力な軍事力で支援していた立場ですから、フランス側からするとちょっと違うと言いたくなるかもしれませんが・・・。 それはさておき、この絵は発表当時からたいへんな評判だったようです。

出典:http://www.gallerieditalia.com/hayez/
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最初の「接吻」から2年後の1961年の「接吻」では、女性の衣装が白くなっています。

出典:http://www.gallerieditalia.com/hayez/
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イタリアは1861年に念願の統一を果たし、イタリア王国が発足します。白いドレスを着た女性のキスは、イタリア統一にささげられていると想像できます。

しかし、アイエツの生まれ育ったヴェネツィアはまだオーストリアの支配下にありました。1959年、フランス・サルデーニャ連合は、オーストリアを相手に戦争を続けていましたが、7月、フランスが突如講和を決断し、サルデーニャもやむを得ず追従します。その結果、ヴェネツィアを含むヴェネト地方は引き続きオーストリアに帰属することになりました(ヴィッラフランカの和約)。

アイエツたちイタリア人たちにとって、フランスの振る舞いは重大な裏切り行為でした。女性の衣装を白に変えた裏には、青色を排してフランスに抗議する気持ちがあったといいます。

最後の3点目は、1867年にパリで開かれた万国博覧会にあわせて制作されました。1866年にヴェネト地方がイタリア王国に編入されたこともあり、改めてイタリアとフランスの友好関係をほのめかした色使いになっています。本作品には、階段の上に白い布が落ちているという特徴があります。

出典:http://www.gallerieditalia.com/hayez/
出典:http://www.gallerieditalia.com/hayez/

 

今回のアイエツ展では、同じモチーフで描かれた「接吻」3点が並べて展示されています。これは初めてのことだそうです。

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政治的なメタファーを読み取る解釈はたしかに興味深いですが、かえって作品鑑賞の邪魔になるおそれもあります。例えば、「14世紀の旅する吟遊詩人が、本気で恋してしまった乙女との別れを惜しんでキスする瞬間」などと、自由にシンプルに解釈する方が、むしろロマンチックな作品の本来の魅力をストレートに感じ取れるような気もします。

ちょっと意外なのが、代表作ともいえる「接吻」制作時のアイエツの年齢です。1859年の時点ですでに68歳、1867年には76歳とかなりの高齢です。年齢を重ねて、男女の恋を描くのに必要な感性がさらに研ぎ澄まされたように思われます。

 

アイエツ71歳の自画像
アイエツ71歳(1862年)の自画像
出典:http://www.frammentiarte.it/

 

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【アイエツ展】
場所:ガレリア・ディタリア(ミラノ・スカラ座広場)
期間:開催中(2016年2月21日まで)
ガレリア・ディタリア公式ページ

参考サイト:
http://www.treccani.it/enciclopedia/francesco-hayez/
http://www.treccani.it/enciclopedia/francesco-hayez_%28Enciclopedia-Italiana%29/
http://www.stilearte.it/carolina-zucchi/
https://sulparnaso.wordpress.com/2015/05/10/lettura-opera-il-bacio-di-francesco-hayez/

参考図書:今回の絵画展の図録